大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)38号 判決 1961年10月12日

原告 不二コロンバン株式会社

被告 株式会社コロンバン

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和三〇年審判第四九八号事件について、特許庁が昭和三五年四月三〇日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二、請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因としてつぎのとおり述べた。

一、被告は、別紙記載のように「コロンバン」なる文字を左横書にして構成され旧第四三類菓子類を指定商品とする登録商標第四二五二三六号(以下、本件登録商標という。)の商標権者であるとして、原告が商品洋菓子に使用する別紙記載のように「不二コロンバン」なる文字を縦書にして構成された標章(以下、(イ)号標章という。)は、本件登録商標の権利範囲に属する旨主張し、昭和三〇年一〇月一四日特許庁に対し商標権の範囲の確認審判を請求した。これに対し、特許庁は、昭和三〇年審判第四九八号事件として審理の上、同三五年四月三〇日被告の右請求を認容し、商品洋菓子に使用する(イ)号標章は本件登録商標の権利範囲に属する旨の審決をなし、右審決謄本は同年五月一八日原告に送達された。

二、原告は、右審判に際し、現在被告の代表取締役となつている門倉国輝はもと「コロンバン」なる標章を使用していたけれどもこれを他に譲渡してなんら権利を有しないのにかかわらず被告は門倉国輝から右標章使用権を承継した旨称しているので、被告は確認審判を請求するにつき利害関係を有しない旨主張した。これに対し、審決は、原告の(イ)号標章の使用に対し被告の本件登録商標の効力が及ぶか否かを決する前提として、(イ)号標章がそれ自体果して本件登録商標の客観的技術的範囲に属するかどうかすなわち(イ)号標章と本件登録商標とが同一または類似のものであるか否かの判定を求めるため、被告は本件確認審判を請求する法律上の利害関係を有する旨認定した。さらに、審決は、本案につき、(イ)号標章のごとく「不二」なる漢字と「コロンバン」なる片仮名文字とから成る表現態様においては、「コロンバン」の文字に「不二」の文字を冠したものとみなされるのみならず、(イ)号標章は最も親しみ易くより顕著なものと認むべき「コロンバン」の文字から単に「コロンバン」の称呼をも生ずるものとするのが取引の通念に照して相当であり、他方本件登録商標が「コロンバン」の称呼を有することは明らかであるから、両者は称呼を共通にする類似の商標といわなくてはならず、したがつて、(イ)号標章は本件登録商標の権利範囲に属する旨認定した。

三、しかしながら、審決は、つぎの点において違法であるから取り消されるべきものである。

(一)、審決が、被告を旧商標法第二二条第三項の利害関係人と認めたことは誤りである。

訴外門倉国輝は、昭和一九年暮頃訴外高村増太郎に対し店舗及びコロンバンなる屋号並びに商品菓子についての「コロンバン」なる標章使用権をその営業とともに譲渡し、高村増太郎は、同二〇年暮頃訴外不二食品株式会社に対しこれを譲渡した。そして、不二食品株式会社は、右譲り受けにかかる「コロンバン」なる標章に商号の一部をとつて「不二」の二字を加えてこれを「不二コロンバン」なる標章に改めるとともに、子会社である原告会社を設立して右標章その他前記譲り受けにかかる諸権利を原告に譲渡し、原告は、同二一年二月一五日頃から「不二コロンバン」なる標章を原告の製造販売にかかる商品洋菓子に使用しているのである。右のとおりであつて、前示「コロンバン」なる標章は未登録のものであつたから右標章使用権の譲渡は意思表示のみによつて完全に効力を生じたものというべきであるから、門倉国輝が高村増太郎に対し標章使用権を譲渡した以上、門倉国輝は使用権を喪失し、その後原告がこれを使用するに至つていたから、本件登録商標の登録当時門倉国輝は営業にかかる商品について右標章を使用しているという標章使用事情は存在しなかつた。また、門倉国輝は、不二食品株式会社が高村増太郎から営業等を譲り受けた頃、今後菓子屋営業はやらないホテル経営をするつもりだと言明して洋菓子製造販売を業とする意思を放棄し、営業再開の意思を持ち合わさなかつたから、未必の将来において右標章を使用する予測も存在しなかつた。しかるに、門倉国輝は、昭和二五年九月一四日登録出願をなし、同二七年四月二日公告を経て、同二八年五月一三日本件登録商標の登録を受けたが、右登録当時商標権形成の基礎条件たる商標使用事情の存在若しくは未必の将来における商標使用の予測の存在はいずれも具備していなかつたわけであるから、本件登録商標の登録は無効である。

仮にそうでないとしても、本件登録商標の登録当時原告が商品洋菓子に使用していた「不二コロンバン」なる標章は周知標章となつていたのであるから、門倉国輝の所為は不正競争防止法第一条第一、二号及び第五条第二号に該当する違法可罰のものであつて、かかる違法な商標使用事情若しくは使用予測の存在は商標権形成の基礎条件となりえない。けだし、一方では刑罰をもつて禁圧しながら他方では違法行為を前提とする登録を許容するのでは、法秩序の維持を保障しがたいからである。したがつて、この点からしても本件登録商標の登録は無効である。

以上いずれにしても、本件登録商標の登録は無効であるから、被告は昭和三〇年六月一日門倉国輝から本件登録商標を譲り受け、同年七月一六日商標権取得の登録を受けているけれども、被告は商標権を有しないといわねばならない。被告は本件確認審判請求の利害関係人に当らない。

(二)、審決が、(イ)号標章を本件登録商標と類似のものと認めたのは誤りである。

本件登録商標は、やや円味を帯びた書体をもつて「コロンバン」の文字を左横書にして成り、「コロンバン」なる外観、称呼、観念を有するものである。これに対し、(イ)号標章は、「不二コロンバン」の文字を縦書にして成り、全体を太字をもつて強く表現し、各文字の間は等間隔であり、しかも、その書体は円味を帯びているから、一見して「不二」なる漢字部分と「コロンバン」なる仮名文字部分との間に不自然な違和感は感ぜられず、かえつて、「不二コロンバン」全体が仮名文字であるかのごとき感を与えるのである。したがつて、審決の言うごとく「コロンバン」の文字に「不二」の文字を冠したにとどまるものと観るべきではなく、「不二コロンバン」の各文字が不可分のものとして結合し一個の造語となつていると観るべきものである。すなわち、「不二コロンバン」の七文字はすべて同等の親しみ易さ顕著さをもつて看者に印象ずけられるのであり、特に「コロンバン」の文字だけが看者に強い印象を与える顕著なものではない。審決は、取引の通念に照し「コロンバン」なる称呼を生ずる旨説示するが、これは机上の空論であつて、現に同業者、顧客間で「フジコロンバン」または「フジコロ」の称呼をもつて呼ばれているのである。このように、両者は、称呼の点はもちろん、外観、観念の点でも相違しているから、非類似のものといわねばならない。

四、よつて、原告は、本件審決の取消を求めるため本訴に及んだ。

第三、被告の答弁

被告訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、原告の主張に対し、つぎのとおり述べた。

一、原告主張事実中、本件登録商標は門倉国輝が原告主張の日に登録出願をなし、出願公告を経て、その主張の日に登録されたものであるが、被告が原告主張の各日時に門倉国輝から譲り受け商標権取得の登録を経たことは、これを認める。

二、(一)、被告は、本件確認審判請求の正当の利害関係人である。

門倉国輝は「コロンバン」なる標章使用権を高村某に譲渡した事実はなく、また、原告主張のように洋菓子製造営業を継続する意思を放棄した事実もない。門倉国輝は、大正時代から「コロンバン」なる商号のもとに「コロンバン」なる商標を使用して洋菓子製造販売業を営み、昭和七年五月以降は銀座六丁目二番地一四に店舗を構え銀座の代表的店舗として営業していたが、今次戦争末期に企業整備の進行と資材不足から銀座の店舗を廃止することとし、右店舗を高村某に譲渡した。高村は洋菓子製造業者でもなく、かつ永年営業していた門国倉輝すら営業を縮小せざるをえなかつた状況下にあつて、素人の高村が洋菓子製造販売業を営むことなど全く不可能のことであり、右譲渡の対象となつたのは家屋のみにとどまるのである。そして、門倉国輝は、依然として右商標を所有し、将来に備えて所要の用器具類を疎開し、戦後営業の再開が可能となるや直ちに営業を復活し、銀座の名店「コロンバン」の商号と商標とを再び世に出したのである。そうであるから、被告が利害関係人に当らないとする原告の主張は根拠を欠くばかりでなく、原告は、門倉国輝が「コロンバン」なる標章使用権を譲渡により喪失し、さらに営業継続の意思を放棄した以上本件商標登録を受くべき実体を欠く旨主張しているけれども、右主張は、わが商標法が商標自由の原則をとつていることを解しない誤りに坐する見解である。

(二)、(イ)号標章は本件登録商標と類似のものであること明瞭である。

(イ)号標章は本件登録商標と要部は全く同一であり、称呼の上でも、形状、観念の上でも同一というほかない。

三、よつて、審決に非違はない。

第四、証拠関係<省略>

理由

一、成立に争のない甲第一、第六号証、乙第七号証の一、二と当事者間争ない事実並びに弁論の全趣旨によると、本件登録商標は、門倉国輝が昭和二五年九月一四日別紙記載のように「コロンバン」なる文字を左横書にして構成され旧第四三類菓子類を指定商品とする商標の登録出願をなし、同二七年四月二日出願公告を経て、同二八年五月一三日第四二五二三六号として登録を受けたものであるが、被告は、同三〇年六月一日門倉国輝からこれを譲り受け、同年七月一六日商標権取得の登録を受けたこと、しかるところ、原告は、別紙記載のように「不二コロンバン」なる文字を縦書にして構成された標章を商品洋菓子に使用しているが、被告は、本件登録商標の商標権者として右(イ)号標章は本件登録商標の権利範囲に属する旨主張して特許庁に対し確認審判を求めたところ、特許庁は、昭和三〇年審判第四九八号事件として審理の結果、同三五年四月三〇日原告主張のような理由のもとに被告の請求を認容し、商品洋菓子に使用する(イ)号標章は本件登録商標の権利範囲に属する旨の審決をなしたことが認められ、右審決謄本が同年五月一八日原告に送達されたことは被告の明らかに争わないところである。

二、(一)、まず、被告が本件商標権の範囲の確認審判を求めるにつき旧商標法第二二条第三項の利害関係人に当るかどうか審究する。

およそ、登録商標の商標権者が、他の標章が当該登録商標の技術的範囲に属するかどうかすなわち同一または類似するかどうかの争を決するため商標権の範囲の確認審判を請求する場合には、右登録商標の登録をもつて商標権の存在を証明すれば、右審判請求の利害関係人に当るものと認めるに十分である。しかるところ、被告が商標原簿に本件登録商標の登録名義人として登録されていることは、前段認定の事実より明らかなところであるから、本件登録商標の商標権者として本件確認審判を請求するにつき利害関係人に該当するものと認められるのである。そればかりでなく、被告会社代表者尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認める乙第一ないし第四号証並びに弁論の全趣旨を総合すれば、被告会社の代表取締役である訴外門倉国輝は大正一三年頃からコロンバンの商号のもとにコロンバンなる商標(未登録)を使用して洋菓子の製造販売業を営み、昭和四年中当時東京都京橋区(現中央区)銀座六丁目に営業所を移し、銀座コロンバンとして盛大に洋菓子の製造販売業を継続していたが、昭和一八年三月折から戦争の進展に伴い資材の入手不能に陥つたため休業の止むなきにいたり、その後右店舖(借家)を訴外高村増太郎に譲渡したが、洋菓子製造販売の営業及び右商標までは譲渡したものではなかつた。門倉は終戦後洋菓子の製造が可能となるや直ちに銀座七丁目において従来の営業を再開し、昭和二五年九月従来から使用して来た本件商標の登録を出願し、その登録を受くるや昭和三〇年先に会社設立とともに営業を譲渡した被告会社にこれを譲渡したものであることを認めることができ、原告会社代表者のこれに反する供述は当裁判所の採用し得ないところであるから、被告会社が本件確認審判を請求するについて利害関係を欠くとの原告の主張は、実質的にもその理由がないものといわなければならない。

したがつて、審決が被告を利害関係人と認めたのは結局正当であるということができる。

(二)、つぎに、(イ)号標章が本件登録商標の商標権の範囲に属するかどうか検討する。

(イ)号標章は別紙記載のように「不二」なる漢字と「コロンバン」なる仮名文字とをやや図案化した書体で等間隔をもつて表示されているものであるが、取引者、需要者においてこれを見かつ聞くとき、「不二」なる文字の部分よりもより字数も多く発音上も特徴を備えている「コロンバン」の文字の部分に強い印象を受けることが多いものとみられるから、(イ)号標章から「コロンバン」なる称呼を生ずるものとみるのが相当である。

原告は、(イ)号標章は「不二コロンバン」なる七文字が不可分のものとして結合し一個の造語をなしている旨主張するけれども、構成上これを不可分のものとして解しなければならない理由は認めがたく、また、原告は、同業者や顧客間で「フジコロンバン」、「フジコロ」の称呼をもつて呼ばれている旨主張し、証人本木利雄の証言並びに原告会社代表者尋問の結果によれば、そのような称呼をもつて呼ばれることもあることをうかがうことができるけれども、そうであるからといつて、右認定のように「コロンバン」なる称呼の生ずることを否定することはできない。

しかるところ、本件登録商標が「コロンバン」なる称呼を有することは明らかであるから、時と所を異にして観察するとき、(イ)号標章は本件登録商標と称呼を同じくして相紛らわしく、両商標は類似するものといわねばならず、前記認定のとおりこれを使用する商品も同一または類似のものである。

したがつて、審決が両商標を類似のものと認めたのは正当である。

三、以上のとおりであつて、商品洋菓子に使用する(イ)号標章は本件登録商標の権利範囲に属する旨判定した審決は相当であり、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原増司 山下朝一 吉井参也)

本件登録商標

登録第四二五二三六号商標<省略>

(イ)号標章<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例